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【終活?老活?実録ブログ】え!認知症? 主人の実家の話

2022年3月18日

さて話は変わって、今回は主人の実家の話です。

叔父が亡くなる8か月ほど前、主人の実家でも問題が起きていた。
主人は3人兄弟だが全員家を出て実家は82歳の義父と78歳の義母の二人暮らしだった
義母は「私の代で親戚づきあいは全部終わらせるからあなたたちは気にしなくていいのよ」「それぞれの家庭を大事にしてくれればそれでいい」と何かを嫁や孫に強要するような人ではなかった。人望があり青少年育成協力会や民生委員や町内会の役員などを歴任し、孫に甘く、踊りと歌う事と甘いものが大好きな穏やかなおばあちゃんだった。ただ片づけものだけは昔から本当にできなかった。
当時の義母は民生委員も定年を迎え趣味のコーラスに出かけるくらいだったようだ。
義父はお金をもらうような内容ではないが全国組織の静岡支部長などをして忙しくパソコン仕事に励んでいた。

ある日義父から主人に連絡があった。

「玲子がさ、3人分めしを準備するんだよ」

「?」

「いや、武雄さんの分なんだって。」

武雄さんは玲子さんの実父で30年前に亡くなっている。奏要さんは藤原の家に婿養子として入った。武雄さんは奏要さんにとって義父にあたる。亡くなるまでずっと同居していた。

「お供え?」

「そうじゃなくて食卓に3人分めしが並ぶんだよ。「武雄さんなんていないじゃないか」っていうと「あらやだ今までいたのよ」とか言うんだよ」

「え(怖)」

「元々物忘れがあったけど、最近はますますひどくて、町内会の通帳もなくしちゃうんだ。2回も発行してもらった」

「え!それってやばいじゃん」

「で、育が(主人の妹)が認知症の検査を受けさせたらどうだって言うんだ」

「そりゃ受けたほうがいいよ」

実家の近所に住む妹とも連絡を取り夫婦そろって静岡に行くことになった。
とはいえ介護認定のための病院探しから、ケアマネ探しまで全部お膳立てしてくれていたのは主人の妹だった。
ただ妹も80代後半の姑と同居しているうえに割烹料亭の若女将という仕事柄、なかなか時間に融通の利く立場ではなく、妹のご主人からも「実子だから介護するのは当然なんですがお兄さんたちも積極的に関わっていただかないと、うちのが本当に大変です」と釘をさされ、主人も重い腰を上げた。
病院で結果を聞くときや、今後の方針などについて決めなくてはならない時は長男である主人がメインで話を聞くことになった。
(当たり前の事なんですが)

※ともこのツブヤイター
そしてですね、うちだけじゃないかもしれないんですが「お嫁さん」がいるとわかると必ず出席可能か聞いてくるんですよ。ケアマネさんに「お会いしたかったです」とニコニコされたときには「はぁ」としか言えませんでした。

まず介護認定のために近所の内科に行った。
長谷川式で20点!!
うわぁああああ!!!!
びっくり!
完全に認知症だ。検査が終わった義母と義父だけ待合室で待っててくださいと言われ医師から説明を受けた。

「今日は息子さんやお嫁さんが来てるから緊張していつもよりいいんですよ」

「・・・・」

「おかあさん、短期記憶の衰えが著しいです。あと糖尿もありますね。健康診断とか受けたことがないとおっしゃってました」

「はい。多分そうです」

「病院は嫌いって言ってたもんね」

「認知症に糖尿はよくないんです」

「はい」

「すぐにでも服用始めたいけど、血糖値のコントロールって難しいんですよ」

「はい」(製薬関係の会社にいる主人、よく知ってる)

「定期的に服薬できるかそこから始めましょう。・・・・ところで、おとうさんなんですが」

「はい?」

「おとうさんの方が認知症の症状が重そうな気がするんですがもう診断済みですか」

き、きたー!

「あー、あのぉ、あのですね、父はいわゆる、今でいう、その、あの、発達障害だと思うんです」

「あー、なるほど!アスペルガーかな」

一瞬で理解してくれた内科医

義父はしゃべり方も独特で、興味がある事は人が聞いてようが聞いていなかろうがしゃべり続けるが、スイッチが入らないと、人の質問も無視することがある。もしくはとんでもない解答がかえってくる。
現役時代の仕事は技術系のきわめて専門性の高い職種で一時期はその分野の教員もしていた。つまりコミュニケーションが多少取れなくてもなんとかなったのだ。
義父と楽しく会話をするのは至難の業だ。
義母をはじめ、主人とその兄弟たちは、長年の培ってきた技?で義父の発言を無視することができる。
しかし嫁の私や、妹のご主人はさすがに義父の発言を無視することができず、長話に付き合わされてきた。
発達障害が広く世間に認知されるようになったとき、義父の言動に納得がいった。
なるほど悪意があるわけではなく脳の働きでああなるのか。
その特性ゆえにこだわりが強くまじめな義父は愛妻の面倒をみると言い張った。
・薬も俺が管理してのませる
・食事も俺が作ってちゃんと食べさせる
・人と話すことが必要なら習い事にも連れて行く
と。
きっと義父はやり遂げるに違いない
しかし義父のこだわりの強さは時として人を傷つける。
自分の思う通りにならないと声を荒げることもあった。
「なぜ〇〇しない」と言われても認知症の人にはできないのだ。
(できないから認知症ともいえる)
穏やかな性格の上に認知症の義母にはたまらないだろう。
身辺自立もでき(洗濯・買い物・入浴・排泄可能)、会話も普通にできていると思っていた義母だったが、短期記憶の著しい衰えと妄想からいきなり要介護1と診断された。
ディサービスを利用することになった。
義母が納得して通うようになるまで、そして義父が義母にとってディサービスが必要だと納得して通わせるようになるまで1年以上かかった。
その間にも義母の認知症は進んでいった。

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